UTMF2019参戦記3:A7山中湖までとレース後

これまでの話はこちら。

UTMF2019参戦記2:A5勝山まで
序盤はこちら。 麓を出てしばらくはフラットなコース。農場と思われる脇を通っていくのだが電気柵が張ってあって、最初のところに注意書きがあるだけ。簡単に触れてしまい...

勝山を出発してからしばらくはロード。ロードは硬くてつらい。途中BBQ場のようなところがあってUTMF参加者のトイレ利用歓迎的なことが書いていたような。この後ここで用を足していけばよかったと思うことがあった。走っているうちに富士急ハイランドが見えてきた。この辺を通るのは多分2009年にふじてんにスノーボードに行って以来10年ぶり。

コース最寄のファミマでちょっと休憩。疲れていたわけではないが、ここまで来たらもう最後まで寝ないと覚悟を決めて眠眠打破を飲むことしていた。ただ途中の感じからしてあまり効いてなかったかも。おにぎりとも合わなかったし。先にきていたランナーはプリンを食べていた。俺もスイーツ系も食べておけばよかったかな。

走っているうちにかなりの腹痛に襲われたけど浅間神社のトイレで救われた。ゆっくりできるいいトイレだった。山梨に4年間住んでる間に浅間神社なんて来たことがなくて今回が初めてだった。富士吉田なんて百回以上も来ていたのに。ここは浅間神社の駐車場かな?

そしてレーダードーム。山梨に住んでて引っ越しで出ていくと決まった時にここに来て入館料が高くてやめた記憶がある。

勝山にいる間に他の人たちが忍野まではフラットで楽とか話していたと思うのだがどう考えてもフラットではなかった。結構登ったし下った。この時はまだ前日に見た天気予報を信じていてこれから晴れていくのだろうと思っていた。

山を抜けたらロードの長い下りでその先が忍野のエイドだった。勝山から19kmを3時間。予定より30分早かった。エイドに着いてまずはギアチェックがあった。全部調べるのではなくて抜き取りだった。終わるなりトイレに駆け込んだ。浅間神社で済ませてもまだ回復してなくて忍野に来る途中の下りも思うように走れなかった。その割には後でここのエイドでかなり食べた。トイレから出てきたら雨がパラパラと降ってきた。とりあえず建物の中に入って脚にクリームを塗ったり装備の点検をした。そして出発しようと外に出たらかなり冷えてきていて雨足が強くなってきたので、もう一度中に入って着替え。Tシャツ、ウインドブレーカーだったのを長袖シャツ、フリース、ウインドブレーカーに変更。今思えばここで湿っていてもレインジャケットにするべきだった。タイムを見るとここで40分も滞在していた。何をやっていたのだろう?

忍野を出発してからはしばらく平坦な道のり。そして雨足が強くなってウインドブレーカーでは防ぎきれずどんどん浸みてきた。なぜこの時にでもレインに替えなかったのかよく分からない。しばらくロードだったけど猟銃というよりは畑に仕掛けられた空砲だと思ったけど何度も鳴って驚かされた。

そして山登りに突入。雨足は強まるばかりで体も冷えてきた。こうなったら運動量増やして暖めたほうがいいだろうと思いペースを上げる。ところが標高が上がるうちに雨からみぞれに変わってきていることに気づいた。上にいくにつれて雪が積もっていた。気分的には冷える一方。

そして山頂近くまできたらかなり積もっていた。年末年始に日本に帰ってきて雪の中走ってる俺には大した雪ではないのだが、濡れて体が冷えてきていたから気持ち的にネガティブになりつつあった。ただ、体を冷やすわけにもいかないからペースを緩めず走り続けた。途中集団が止まっていてなんだろうと思ったらただ単に泥に突っ込んでいくのをためらっていただけ。俺は臆することなく突っ込んでいった。頭からから靴まで濡れていたからそんなの気にする必要がなかった。

そして忍野を出発して2時間で山中湖きららに到着。エイドの前数kmはロードでかなり飛ばせた。到着した時点では15時前で途中終了は決まっていなかった。とりあえず濡れた衣類を乾かしつつ体を暖めようとしたけど選手が使えるストーブは2つだけでリタイア申告所やマッサージのところのは使えず、100人以上滞在していて10人も暖まれるかどうか。とりあえず豚汁飲んで中から暖めようとしたりした。濡れた上着をある程度乾かさないとこの先には進めないと思っていた。そのうち、一時中断だとか中止だとか色々な話が流れ始めた。そしてエイドの責任者らしき人が終了を告げたところで時計を止めた。到着してから1時間は経っていた。終了が決まったのは15時らしいけど選手に伝わったのはかなり後。俺の携帯にはSMSは届いていなかった。海外の電話番号には送れないのだろうか?

残念ながら俺のUTMFは残り38kmのところで終了。忍野の前を走っている頃は3日目になる前にフィニッシュできるんじゃないかと思い始めていたので残念。

中止が決まってしばらくすると晴れ上がった。そして外に出ると周辺の山々は雪で白くなっていた。

レース終了が決まってエイドで食べ物の大放出。どんどん食べてと言われて豚汁を2杯、おにぎり2個食べて、さらにチップスターも袋ごともらったけどそれでもかなり余っていたと思う。バス待ちで暖を取っていた時に話したランナーは二十曲に向かっている途中で別ルートで山中湖に戻るように言われて戻って来たらしい。俺がもし山中湖をすぐ出発できる状態だったとしてもタイム的には戻されていたパターンだったようだ。終了のアナウンスが出てしばらくして、皆バス待ちの間に韓国から参加しているランナーが翻訳機でレースが終わったかどうか聞いてきていたけど、海外から参加者の多くには終了が伝わっていなかったような気がする。SMSが送られていれば終わったとわかるはずなのだが。

レース終了が決まってからは時計は見ていなかったから山中湖に何時間滞在していたか分からない。河口湖行のバスが山中湖に来てそれに乗るために並んでいた時はまだ明るかった。そして乗っている間に寝落ち。河口湖に着いた頃には真っ暗だった。そしてバスを降りた後に受付のようなところに行って自分のゼッケンを見せて安否確認的なものをした。そして預けていた荷物とドロップバッグを受け取ってテントに入って着替え。テントは激混みでシートの上には上がれず。あとドロップバッグの中は水が溜まっていた。しばらく雨にさらされていたようだ。

着替え終わった後に学生がやっているマッサージを受けようとしたけど待ち時間が結構あったのでやめた。そして河口湖駅に向かった。途中オープンしたばかりの東横インがあってそこに泊まれないか確認したけど残念ながら満室。そして途中ちょっと道を間違えて河口湖駅に着いたのが20時15分頃。

駅についたら腹が減ったので補給食の残りを食べつつ前泊した宿でもらったビールを飲んだ。雪がふるくらい冷えていて荷物も外に置かれていたから十分な冷え具合だった。本当は途中のコンビニで弁当を買ってしっかり食べたかったけどイートインが占拠されていて諦めた。

30分ほど待って電車が河口湖駅を出発。1時間ほどして大月着。大月駅前も10年ぶり。昔と違って発展してるなと思ったけどこの辺をよく知っている人に言わせればただ単に駅前に店が集約されただけらしい。

中央線に乗り換えて停車中の車両に乗っていたら高尾行が来た。高尾駅での乗り換えが面倒なのでそのまま東京行の車両に乗っていた。そして10分ちょっと待って出発。立川過ぎるまでの記憶はほとんどなかった。爆睡していた。前日に起きてから40時間の間に一度バスで少し寝ただけだし、その間に127km走ったから疲れていないわけがない。

目覚めてからスマホで調べて荻窪駅近くのスーパー銭湯の仮眠施設で寝ることを決めて荻窪で降りたのだが仮眠施設が一杯とのことで宿泊できず、駅に戻って新宿に移動。新宿のテルマー湯は宿泊可能でチェックインしたのが0時16分。風呂入って寝たのが1時過ぎ。やっとまとまった睡眠をとることができた。

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UTMF/STY
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